「私の研究活動の根底にあるいくつかの基礎的な考え」
東京都立大学 会田 雅樹
科学技術と宗教はしばしば両立しない概念であると語られますが,本当でしょうか? 科学が宗教から分離したのは,人類の歴史の中でそう昔のことではありません. 技術が体系化されて工学が成立したのは,さらに最近のことです. 科学技術と宗教はどちらも「完全な体系」を作り出そうとした人間の努力の結果であり,人間によって生み出されたものは,どこか共通点があるのではないでしょうか. 例えば,解析力学で用いられる最小作用の原理による物理法則の定式化は「物理法則はなんらかの第一原理から導かれるべきだ」という思想に動機づけられているように感じます. この考え方は,物理法則の背後に「それを司る存在」を意識しているようにも見えます. さらに言えば,物理学の存在自体も「世の中は(数学で理解できるような)美しい法則で支配されている」という希望に満ちた仮定から出発しており,これはある意味で神様の存在を仮定したということができるかもしれません. 驚くべきことに,この希望に満ちた仮定は,度重なる実験検証でも否定されずに生き残り,今なお,人類の進歩の原動力となっているのです.
科学技術では,実験で検証可能な「事実」が優先されるべきであり,「こうなるべきである」という考え方を過度に追求することは危険です. 後者の考え方が適切に抑制されない場合,現実をありのままに見る姿勢を妨げ,誤った結論を導く偏った観測を行う危険性があります. しかし,検討の方向性を何も持っていなければ,未知の現象の理解や体系化に向けた指導原理が得られず,道に迷うことになります. したがって,研究をどの様に進めるかについてはある程度の方向性が必要であり,要はバランスが重要ということになるでしょう.
このエッセイは,私の研究活動の背後にある基本的な考え方を紹介するものです. それらは私の日本語の教科書 [1], [2] で詳しく説明していますが,今回はこのエッセイの機会を利用して,英語での解説をおこないます.
[1] 「情報ネットワークの分散制御と階層構造」コロナ社, 2015.
[2] 「ネットワークダイナミクス入門」森北出版, 2020.
(IEICE CS Global News Letter, vol. 44, no. 4, pp. 5-8, December 2020. のイントロ部分の和訳)